三話
三話 少女と賢者の石




―いらない。


誰だろう?女の子だ。

見たところ独りぼっちのようだ。



―いらない。



さっきから何か喋っている。

そこは危ない。
こっちへおいで。 



―何もいらない。



火が研究書や机にまで燃え広がっていく。

薬品がこぼれたのだろうか?
辺りが臭い。



こっちへおいで。
そこはもう危ないわ。



―こんな世界!!
   私はいらない!!! 




途端に地面が割れ、身体が落下する。
底は真っ暗で何も見えない。

深く、深く、落ちて行く―




「はっ!」


真っ先に見えたのは頭だった。


ゴン!!


「痛っつ〜。」



「それはこっちの台詞よ。うなされてたと思ったら急に飛び起きるからもう。」

「慣性を無視する暇もなかったわ。」



「ゴメン、稲瀬。」



気付くと朝だった。

あのまましばらく眠ってしまっていたらしい。



「おはよう。」



「おはよう。」



小鳥が鳴いている。

今日は暑くなりそうだ。



「結局、幻想郷の話はどうなったんだっけ?」


あ〜。

稲瀬もそのことについては半分くらい忘れかけていたらしい。



「そうね、私も最初は何故貴方が呼ばれたのか不思議に思っていたのだけれど、昨日の今日でやっと理由がつかめたわ。」

「私の仲間がクロちゃん含めてあと4人いるの。
私達はある目的のために
幻想郷へ行くのよ。」



「目的って何?」


稲瀬はスクッと立ち上がる。


「賢者の石よ。」



「賢者の石?」



「魔法の石よ。」



「今度は塩なんかじゃないんでしょうね。」


あははっ、と稲瀬は笑う。

「そう言えばそうね。
この世界には貴方の言う
魔法の石があったわ。
あははっ。」


どうやらツボに入ってしまったらしい。

そんなつもりで言ったんじゃないのに。


「笑うのやめてちゃんと説明してよ。
こっちまで可笑しくなっちゃう。」



「ふー、ごめんなさいね。笑いの慣性だけは無視できないわ。」


気付くと錬も笑ってしまっていた。

やっと落ち着く頃には
さっきの話の内容があやふやになってしまっていた。


「そう、賢者の石だわ。」

稲瀬はコホン、と軽く咳払いをする。


「賢者の石と言うのはね、魔術師、錬金術師なら誰もが目指す言わば一つのゴール地点ね。」

「簡単に言うと高エネルギー体を超高密度の石にしたようなものよ。
あるものは不老長寿の薬と呼び、またあるものは神の石と呼び、悪魔の石とも呼ぶ。

…ってこれじゃ説明になってないわね。
ようするに…

魔法の石ね。」



「結局その言い方しかないのね。」



「仕方ないじゃない。
説明が難しいのだもの。
固いこと言わないのよ。」


「で、結局その石を使って何をしようとしてるわけなのよ?」



「世界征服。」


・・・

「ちょっ、やーね冗談よ。流さないでちょうだい。」

稲瀬をからかうのは面白い。
というより人をからかうこと自体…久しぶりに思える。


久しぶりだと?
馬鹿な。
私は今まで独りだけで生きてきたんじゃないの!?
なのに、この感覚は…


どこかで経験している?



「錬、聞いてる?」

はっ、と錬は我にかえる。


「今日の朝といい、少し変よ。
体調でも悪いの?」



「うるさいわね。
私はもともと変なのよ。
で、結局何なの?」



「だからね、賢者の石はさっきも言ったとおり
高エネルギー体なのよ。
でもこの世界じゃあ賢者の石はつくれない。」



「何でつくれないの?
稲瀬の言う『クロちゃん』は魔術師なんでしょう。」



「確かにクロちゃんは魔術師だけれど、魔法使いではないわ。」



「どういうこと?」



「そうね、まず魔術と魔法の違いから説明するわ。

両方ともイメージ的には
同じようだけど、魔術というのはこの世界の科学で説明できる範囲のものをさすの。

それ以外、それ以上、この世界の科学では説明できない、奇跡に近いものを私達は『魔法』と呼ぶわ。

さっきも言ったとおり、賢者の石とは『魔法の石』。私達ではつくることはおろか、触れることさえできるか分からない代物なのよ。」



「そんな得体の知れないものを何に使う気?」



「せ…。」

稲瀬は世界征服と言おうとしたのだろう。
とりあえず睨み付けた。



「そんな恐い顔しないでもいいじゃない。」



「いい加減真剣に答えて。しかも二度目は面白くない。」



「もう、恐い顔だけは得意なんだから。」



「・・夢よ。」



「どっちの?」



「私の場合両方よ。
まあ、私の妹もだけど。」

妹…。


「ほら、こんなナリしてても私には人間だった頃の
時代があってね。
魔術師の力が15、鬼の力が17の時に覚醒してしまって、当然周囲からは避けられていたわ。
ただ一人妹を除いてね。」



「稲瀬の妹も同じ力を?」



「ええ、ただ妹の方がその力は大きくて、私よりもずっと幼い頃に覚醒してしまった。
精神的にも、社会的にも
不安定になってしまってね、結局私達姉妹がとった道は魔術師になるという名目の『人間をやめる』という手段しかなかったわ。」

「クロちゃんから賢者の石の事について聞いたときからずっとね、私も妹も同じ夢を見るようになったの。

まだ私達が人間だった頃の夢をね。」


稲瀬はやや笑顔を崩さないといったとこだが、
気のせいかその顔には
涙が一番合っているように思えた。


「妹さんの名前は?」



「望月千代女(チヨメ)。」



「稲瀬と千代女はもとの人間だった頃に戻りたいのね。」



「今となっては人間以外の存在が私のまわりには
ちゃんといるから困ることはないんだけど、千代女はどう思っているのかしらね?」



「多分、稲瀬と同じことを思っていると思うわ。」



「あら、どうして?」



「あんた達は世界にたった一つの姉妹なんでしょ。」


途端に稲瀬は高い声で笑う。

あははっ、なるほど。


「まさか貴方にさとされるとはね。」



「さとしたつもりはないんだけれど。」





「ありがとうね。」



それは稲瀬が錬と出会ってから初めて見せたとても
綺麗な笑顔だった。



錬は急に恥ずかしくなったのでそっぽを向く。



「一人一人賢者の石に願うことはさまざまだけど、
私達は『賢者の石を手に入れる』という同じ目的の下で集まった仲間なのよ。」

仲間…か。


「それで、貴方には何かないの?
願いとか、夢とか。」



「私には願いなんて大それたものはないわ。」



「ただ…。」



「ただ?」



「私には幼い頃の記憶がないの。
今から2年以降前の記憶が。」

「稲瀬、賢者の石を使って私の過去を知ることはできる?」



「私は賢者の石というものについてそんなに詳しい知識を持っているわけではないわ。
ただ、記憶を探る位のことならクロちゃんにでもできそうなことよ。」



「そう。

私は知りたいの。
何故こんなところにいるのか、
何故記憶が無いのか、
…何故独りなのか。」



錬はとっさに濡れた頬を袖で拭う。



「私は知りたいの、自分の過去を。
その手段がそこにしか無いというのなら…


お願い稲瀬、私を幻想郷へ連れてって!」



「その言葉を待っていたわ錬。」

「もうこっちには戻ってこれないかも知れないわよ。未練は無いの?」



「…ちょっとだけ待って。」


錬は周りを見渡す。


盗んだ肉、盗んだ鉄板、
盗んだ布、盗んだ塩、
木クズ、鉄クズ、
割れたガラス、
散らばった釘、ネジ。


今までの生活に関わった
全てのものに感謝する。


「守ってくれて、ありがとうございました!!」


一礼。

よし。


「行こう、稲瀬。」



私は、私を知りに行く。
どんなことが在っても、
私は私を貫いてみせる。



「いいわ。
しっかりついてきなさい、錬。」



錬の顔には、目覚めてから初めて見せたとても生き生きとした表情が出てきた。



少女は歩きだす。


ただ願いを胸に、少女達は歩きだす。















―汝の行く道に光がさすことを願おう。―



「なんか言った?」



「気のせいよ。」







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